霊柩車を見かけたときに、とっさに親指を隠してしまう。子どもの頃にそう教わった方は、今も少なくありません。この仕草は日本各地で古くから伝わってきたものですが、対象や意味合いは地域や世代によって少しずつ異なります。霊柩車を見たら親指を隠すという言い伝えについて、由来と地域差、現在の受け止め方を確認していきます。
この風習は霊柩車が登場する以前の葬列の時代から続くもので、親指を霊魂の出入口とする説や、親を思う気持ちに由来する説など、複数の由来が伝わっています。あわせて、北部九州のように霊柩車以外の車にも同じ仕草をする地域があることや、世代によって受け止め方に差があることも整理します。
迷信だと分かっていても、由来を知っておくと、いざ霊柩車に出会ったときや、家族や親戚の前で戸惑わずに済みます。肩の力を抜いて読み進めてみてください。
霊柩車を見たら親指を隠すとは?基本と由来の全体像
霊柩車を見たら親指を隠すという仕草は、多くの人が子どもの頃に教わった経験のある風習です。ここでは、この仕草がどのようなものを指すのか、いつ頃から伝わってきたのかを、まず全体像として確認します。
親指を隠す仕草の基本的な意味
霊柩車を見たら親指を隠す仕草とは、手のひらの中に両手の親指を握り込むようにして隠す動作を指します。子どもの頃に親や祖父母から「霊柩車を見たら親指を隠しなさい」と教えられた経験を持つ人は少なくありません。
隠す理由として、親の死に目に会えなくなる、親が早死にする、縁起が悪いなど、複数の言い伝えがあります。どれか一つが正しいというより、いくつかの由来が重なり合いながら今の形に伝わってきたと考えるのが自然です。
科学的な根拠がある行為ではなく、あくまで縁起担ぎや厄除けの一種として位置づけられている点も押さえておくとよいでしょう。同じ仕草でも、家庭によって教えられ方に幅がある点も特徴です。
霊柩車が登場する前は「葬列」に対する仕草だった
霊柩車が日本に登場したのは大正時代(1912年から1926年)とされています。それ以前は、亡くなった人の棺を人の手や大八車で運ぶ葬列という形が一般的でした。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースで紹介されている資料によると、江戸時代後期の随筆にも、葬列に出会った際に親指を隠すという記述が残されています。つまり、霊柩車という乗り物そのものよりも先に、葬列という「死者を送る場面」に対して親指を隠す仕草があり、霊柩車の登場後にその対象が置き換わっていったと理解すると分かりやすくなります。
見た目や乗り物の形が変わっても、死を悼む場面に対する畏れの気持ちが仕草として受け継がれてきたことがうかがえます。時代とともに対象が変わっても、根底にある気持ちは大きく変わっていないといえるでしょう。
口伝えで受け継がれてきたため地域差が生まれやすい
江戸時代の記述から現代まで、この仕草は口伝えの形で家庭内を中心に伝わってきました。公的な儀礼や作法として定められたものではなく、親から子へ、祖父母から孫へと、生活の中で自然に受け継がれてきた点が特徴です。
そのため地域や家庭によって、教えられる理由付けや徹底の度合いに差が生まれやすくなっています。同じ「親指を隠す」という仕草であっても、由来の説明のされ方や重視される場面が家庭ごとに少しずつ違うことも珍しくありません。
次の章では、この仕草がなぜ生まれたのかを、伝えられている由来ごとに確認していきます。
・親指を隠す仕草は、霊柩車登場より前の葬列文化に由来します
・親の死に目に会えない、親が早死にするなどの言い伝えが広く伝わっています
・作法として定められたものではなく、家庭内で口伝えされてきた慣習です
Q. 霊柩車を見たら必ず親指を隠さないといけませんか。
迷信であり必須の作法ではありません。ただし、家族や地域の慣習を大切にする場面では、隠しておくと気持ちが落ち着きやすくなります。
Q. 由来は一つに決まっていますか。
いいえ。霊魂の出入口を守る説と、親を思う気持ちに由来する説など、複数の説が組み合わさって伝わってきたと考えられています。
- 霊柩車以前は葬列に対する仕草だった
- 大正時代に霊柩車が登場し対象が置き換わった
- 口伝えのため家庭や地域で差が生まれやすい
- 科学的根拠のない縁起担ぎの一種である
なぜ親指を隠すのか|伝えられている由来をひもとく
親指を隠す理由には、複数の説が伝えられています。民俗学の資料をもとに、代表的な由来を整理し、どのような背景から今の形になったのかを見ていきます。
親指は霊魂の出入口だとする説
一つ目の由来は、親指が霊魂の出入口であるという民間信仰に基づくものです。古くから日本には、人の親指、特に爪の間から魂が出入りするという考え方がありました。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースで紹介されている江戸時代後期の随筆「松屋筆記」には、左右の親指の爪の間から魂魄が出入りするとされ、畏怖すべき場面では親指を握り隠すという記述が残されています。
人が亡くなってまもない時期は、まだ霊魂が成仏せずあたりを漂っていると考えられていました。その霊魂が親指の爪の間から体内に入り込み、災いをもたらすとされていたため、葬列や霊柩車に出会った際に親指を隠す仕草が生まれたと理解されています。
民俗学の資料では、この仕草は霊柩車や葬列に限らず、夜道や墓地のそば、恐ろしい話を聞いた場面などでも見られる、不安や恐怖に対する厄除けの一種として位置づけられています。
親指と「親」を結び付ける説
二つ目の由来は、親指という言葉と「親」を結び付ける考え方です。親指という名前そのものが両親を連想させることから、霊柩車を見て親指を隠さないと親に不幸が及ぶ、親が早死にする、親の死に目に会えなくなるといった言い伝えが広まったとされています。
「親の死に目に会えない」という言葉には、親の最期に立ち会えなくなるという解釈のほかに、自分が親より先に亡くなってしまうことを指すという解釈も伝えられています。どちらの解釈であっても、親を大切に思う気持ちや、親に先立たれることへの不安が背景にある点は共通しています。
もともとは自分自身を守るための仕草であったものが、時代を経て親を思う気持ちと結び付けられ、現在のような言い伝えの形に変化していった可能性があると考えられています。
仏教の作法「叉手」に由来するとされる説
三つ目として、仏教の礼法である叉手(しゃしゅ、さしゅ)に由来するという説も一部で伝えられています。叉手とは、故人や仏に敬意を表す際に行う手の組み方の一つで、宗派や場面によって形が異なります。
片方の手のひらでもう片方の親指を包み込むようにして胸の前で組む作法があり、これが簡略化されて広まったのではないかとする見方です。
ただし、この説がどの程度広く受け入れられているかについては資料によって扱いに差があり、庶民の間の俗信との関連については、はっきりとした裏付けが確認できていない部分も残ります。一つの解釈として知っておく程度にとどめておくと安心です。
由来が時代とともに変化してきた可能性
以上のように、親指を隠す仕草には複数の由来が伝えられており、どれか一つに絞り込むことは難しい状況です。民俗学の資料では、もともと霊魂や穢れを避けるための呪術的な仕草が先にあり、のちに「親指イコール親」という連想が加わることで、親を守るという意味合いが強まっていったのではないかとされています。
由来が一つに定まっていないからこそ、地域や家庭によって強調される理由が異なり、それが次に取り上げる地域差や世代差にもつながっていると考えられます。
| 由来 | 主な内容 | 背景 |
|---|---|---|
| 霊魂の出入口説 | 親指の爪の間から霊魂が出入りするとされる | 江戸時代の随筆にも記述がある古い民間信仰 |
| 親を思う説 | 親指=親を連想し、親の不幸を避けたいという願い | 霊魂の出入口説から派生したとされる |
| 叉手に由来する説 | 仏教の礼法である手の組み方が簡略化された | 一部で伝えられるが裏付けは限定的 |
子どもに由来を説明するときは、すべてを話す必要はありません。「昔の人は、指の先から悪いものが入らないように隠したんだよ」という一言だけでも、仕草の意味は十分に伝わります。難しい由来を並べるよりも、身を守るおまじないだったという核心だけを伝えると、子どもも自然に受け止めやすくなります。
- 霊魂の出入口を守る説がもっとも古い由来とされる
- 親を思う説はのちに加わった解釈と考えられる
- 叉手に由来する説は裏付けが限定的である
- 複数の由来が重なり合って今の形になっている
地域や世代によって異なる受け止め方

親指を隠すという仕草は全国的に知られていますが、対象や徹底の度合いは地域や世代によって差があります。ここでは、地域ごとの傾向と世代による受け止め方の違いを整理します。
霊柩車以外にも対象を広げる地域がある
多くの地域では、霊柩車とすれ違ったときに親指を隠すという形で伝えられています。一方で、北部九州など一部の地域では、霊柩車だけでなく救急車とすれ違った際にも親指を隠すという声が伝えられています。
救急車は生死に関わる場面で使われる車両であるため、霊柩車と同じように死を連想させる対象として扱われてきたと考えられます。このように、対象となる車両の範囲は地域によって異なり、必ずしも霊柩車だけに限られた仕草ではない点は押さえておくとよいでしょう。
引っ越しや結婚などで生活の場が変わった際に、育った地域と異なる形の言い伝えに出会うことも珍しくありません。
世代による受け止め方の差
世代による受け止め方の違いも見逃せません。祖父母世代では、今でもこの仕草を比較的真剣に受け止めている人が多い一方、若い世代では「話には聞いたことがあるが自分では行わない」「そもそも知らない」という声も増えています。
子どもの頃は親に言われて親指を隠していたものの、大人になってからは行わなくなったという人も見られます。世代によって受け止め方が変わる背景には、後述する霊柩車そのものの見た目の変化も関係していると考えられます。
祖父母や親戚と一緒にいる場面では、相手の世代の受け止め方に合わせて仕草を行うと、場の雰囲気を保ちやすくなります。反対に、自分だけが仕草を行わなくても、周囲から強く咎められることは少なく、あくまで各自の判断に委ねられている点も安心材料になります。
地域や宗派による違いへの向き合い方
地域や宗派によって、葬送に関する慣習は少しずつ異なります。親指を隠すという仕草についても、地域や家庭ごとに教えられる理由付けや徹底の度合いに違いがあり、全国一律の決まりごとではない点に注意が必要です。
ここで紹介している内容は、あくまで一般的に伝えられている例であり、地域や宗派によって異なる場合があります。実家と嫁ぎ先、あるいは転居先などで慣習が異なると感じた場合は、その場にいる年長者や地域の慣習に合わせて対応すると、角が立たずに済むことが多いでしょう。
結婚などで新しい土地の慣習に触れる機会がある場合は、事前に配偶者や義理の家族に確認しておくと、法事や葬儀の場で戸惑うことが少なくなります。慣習の違いは優劣の問題ではなく、地域ごとに大切にされてきた背景があると捉えると受け止めやすくなります。
霊柩車の見た目が変わり体験する機会自体が減っている
かつて街中でよく見られた宮型霊柩車は、金色の装飾が施された豪華な外観が特徴でした。近年は、一見しただけでは霊柩車と分かりにくいシンプルな洋型霊柩車が主流になりつつあります。
火葬場の利用規定や地域の申し合わせにより、宮型霊柩車の使用が制限される地域があることも、この変化の一因とされています。外観から霊柩車と気づく機会自体が減っているため、結果として親指を隠すという体験をする機会も少なくなってきていると考えられます。
霊柩車を見かける機会が減ったことは、この仕草が徐々にカジュアルな話題として扱われるようになった理由の一つといえるでしょう。
・北部九州の一部では救急車にも同じ仕草をするといわれています
・祖父母世代は真剣に受け止め、若い世代は知らない人も増えています
・洋型霊柩車の普及により、体験する機会自体が減っています
転勤や結婚などで新しい土地に住むことになった場合は、まず身近な年長者に「このあたりではどう教わっていますか」と尋ねておくと安心です。地域ごとの慣習を先に確認しておくことで、法事や地域の集まりの場で戸惑う場面を減らせます。
- 霊柩車だけでなく救急車を対象とする地域もある
- 祖父母世代と若い世代とで受け止め方に差がある
- 地域や宗派によって理由付けや徹底度が異なる
- 洋型霊柩車の普及で体験する機会自体が減っている
親指を隠す以外に伝わる関連の言い伝え
親指を隠す仕草のほかにも、葬送にまつわる言い伝えはいくつか伝えられています。ここでは代表的なものと、迷信との付き合い方を確認します。
夜道や墓地など他の場面でも伝わる親指隠し
親指を隠す以外にも、死や葬送に関わる場面で伝えられている言い伝えがあります。例えば、夜道を歩くときや、墓地のそばを通るとき、恐ろしい話やお化けの話を聞いたときにも、親指を隠すとよいとされる地域があると伝えられています。
疫病や猛犬、カラスなど、何らかの恐怖や不安を感じる場面全般に対して、災いを避けるための仕草として親指を隠すという行動が広く用いられてきたことがうかがえます。
霊柩車に限らず、不安を感じる場面で身を守るための仕草として親指が意識されてきた点は、共通の背景として押さえておくとよいでしょう。
霊柩車をバックさせてはいけないという言い伝え
霊柩車にまつわる言い伝えとして、霊柩車をバックさせてはいけないというものもあります。火葬場や葬儀場から遺体を送り出したあと、後戻りするような動きは縁起がよくないとされてきたためです。
実際には、道幅の関係でやむを得ず切り返しが必要になる場面もありますが、霊柩車の運転を担当する事業者は、できる限りバック走行を避けるよう配慮していることが多いとされています。
こうした配慮も、送り出した故人を再び呼び戻さないようにという気持ちの表れとして受け継がれてきたと考えられます。
迷信との上手な付き合い方
親指を隠すかどうかは、最終的には個人の判断に委ねられる部分です。迷信である以上、隠さなかったからといって実際に不幸が起きるわけではなく、隠したからといって確実な効果があるわけでもありません。
一方で、根拠がなくても、隠しておくことで気持ちが落ち着くというお守りのような側面もあります。高齢の家族と一緒にいる場面で霊柩車に出会った際は、深く考えずに親指を隠しておくと、相手も安心しやすく、その場の雰囲気も穏やかに保ちやすくなります。
由来や地域差を知ったうえで、自分なりの向き合い方を選んでおくと安心です。
| 場面 | 伝えられている仕草 |
|---|---|
| 夜道を歩くとき | 親指を握り隠すとよいとされる |
| 墓地のそばを通るとき | 親指を隠すとよいとされる地域がある |
| 霊柩車の運行 | 火葬場からの帰りにバック走行を避けるとされる |
Q. 霊柩車がバックする場面を見かけたら不吉なのでしょうか。
道幅の都合でやむを得ず切り返す場合もあり、それ自体が不吉というわけではありません。事業者側も配慮して運行しています。
Q. 親指を隠し忘れたら何か対処法はありますか。
迷信のため決まった対処法はありません。気になる場合は、その場で親指を隠すか、後で手を合わせる程度で十分でしょう。
- 夜道や墓地など他の場面でも親指を隠す言い伝えがある
- 霊柩車のバック走行を避ける配慮も伝えられている
- 隠すかどうかは個人の判断に委ねられる
- 由来を知っておくと気持ちの整理がしやすくなる
まとめ
霊柩車を見たら親指を隠すという仕草は、霊魂の出入口を守る説と、親を思う気持ちに由来する説が重なり合って伝えられてきた風習であり、地域や世代によって対象や受け止め方に違いがあります。
次に霊柩車を見かけたときは、育った地域や家族の慣習を思い出しながら、自分なりの向き合い方を確認しておくとよいでしょう。地域や宗派による違いが気になる場合は、身近な年長者に確認しておくと安心です。
由来を知っておくだけでも、いざという場面で戸惑わず、周囲の人の仕草にも自然に合わせやすくなるはずです。読んでいただき、ありがとうございました。
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